明の歴史をわかりやすく解説

 



洪武帝(コウブテイ)

明の初代皇帝となる洪武帝は元王朝の末期に起こった紅巾の乱で頭角を現した。洪武帝は非常に貧しい農民出身でそこから中国の皇帝にまで上り詰めた。あまり人を信じない性格だったため全ての権力を皇帝に集める独裁体制を作り上げた。農民出身のため農民の扱いが非常にうまく、民衆を管理することで国を安定させた。

洪武帝
洪武帝

全ての権力を皇帝である俺に集めろ。民衆を徹底的に管理するぞ。

独裁体制を取ると皇帝が有能だと国がうまく運営され無能だと国は衰退する。洪武帝はめちゃくちゃ有能だったので明は繁栄した。モンゴルに一時支配されていたので中国の伝統が軽んじられていたがこれを復活させた。科挙を復活させ上下関係を重んじる儒学を学ばせた。儒学を学ばせることで上の立場である皇帝に敬意を払ってくれるようになる。

洪武帝
洪武帝

儒学を学ばせて俺に敬意を払わせるんだ

さらに中書省という皇帝の命令を作る機関を廃止して自分が直接命令を作れるようにした。さらに六部を皇帝直属にした。これは今の日本で言うところの防衛大臣などの省庁の大臣を全て総理大臣が兼任する的なノリ。洪武帝は当時の中国でそれと似たことをして国の政治を全て自分が行えるようにした。

洪武帝
洪武帝

政治は全て俺が行う

民衆をしっかり管理して反乱を起こさせないようにしたり税金をしっかり納めさせるようにした。さらに儒学の教えを農民にまで浸透させる仕組みを作り出した。

洪武帝
洪武帝

農民を管理して儒学の教えを浸透させるぞ

永楽帝(エイラクテイ)

明は第3代皇帝の永楽帝の時に全盛期を迎える。第1代皇帝の洪武帝が人を信じない&超有能だったので皇帝1人で全ての仕事を行う体制になっていた。永楽帝は流石に仕事が多すぎてキツかったので皇帝の補佐役を設置した。

永楽帝
永楽帝

流石に1人で全ての仕事は捌ききれないから補佐役欲しいわ

永楽帝は鄭和(テイワ)というイスラム教徒の宦官に南海遠征を行わせた。この南海遠征は規模がハンパなくて当時大航海時代を迎えていた西欧の規模とは比べ物にならないくらいデカかった。南海遠征は朝貢貿易を促すために行われた。朝貢貿易とは中国の圧倒的な国力を見せつけるためのものでまず他国に対して貢物を寄越せと要求する。貢物を寄越した国は中国の属国として認められる。さらに中国は返礼品として貢物の10倍くらいのお返しを送ることで国力を見せつける。これが朝貢貿易で、貢物よこせよと鄭和の第艦隊は他国を回った。

明

おい、子分だって認めてやるからなんか寄越せよ

子分になりたい国
子分になりたい国

中国さん!いつもお世話になっております。これつまらないものですが…

明

よし、今日からお前は俺の子分だ!これはお返しだ(10倍)

子分
子分

おおおお!中国さんさすがですねえ!一生ついていきます!

 



北虜南倭

永楽帝の時は絶好調だった明だが徐々に衰退していくことになる。明は北の異民族と南の海賊に苦しめられる。明が南北で苦しめられている状態を北虜南倭という。北からは遊牧民族が侵入してきて万里の長城を修築することにお金を使ってしまった。

北の異民族の侵入がキチい

南は倭寇によって苦しめられることになる。倭寇は2種類存在していて前期倭寇は日本人が中心の海賊で後期倭寇は中国人が中心の倭寇に苦しめられる。これらを押さえ込むために兵を出すことでさらにお金を使うことになってしまった。

倭寇の奴らを抑えるための出兵でお金使いすぎたなあ

その後国内での対立もあり農民の支持を集めることに成功した李自成が反乱を起こした李自成の乱によって北京を占領され、明は滅びることになった。

まとめ

明を建国した農民出身の朱元璋は非常に能力が高かった。さらに人を信用しない性格で全ての権力を自分に集めて皇帝の独裁体制を作り上げた。

永楽帝の時に明は全盛期を迎えることになり、特に鄭和の南海遠征の規模はハンパなく当時のヨーロッパを圧倒していた。南海貿易によって朝貢貿易を促し様々な国が明の子分的国家になった。

永楽帝の死後北虜南倭に苦しめられるようになると次第に財政が悪化していき、国内の政治的な対立も起こった。農民の支持を集めた李自成が反乱を起こし北京を占領したことで明は滅びた。

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