日清戦争の原因をわかりやすく解説・後編

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天津条約

日本と清の軍隊が朝鮮に入ったことでお互い朝鮮を手に入れたい者同士戦争になる恐れがあった。お互いこの時点で戦争になることは得策だと思わなかったため天津条約を結んで朝鮮から軍隊を撤退することを決める。

お互いここは一旦朝鮮から手をひきましょう

日本
日本

そうしましょう

その上で次に朝鮮に軍隊を派遣する際はお互いに知らせましょうという取り決めもかわされた。

日本
日本

抜け駆けはよくないから次朝鮮に軍隊を送るなら僕に教えてね

清

お互いに教え合いましょう

甲午農民反乱

今まで鎖国状態だった朝鮮が日本の進出もあり開国することになった。開国したことで西洋の考え方が朝鮮内に入ってくる。これにより朝鮮国民がキリスト教的な思想に触れることになった。こうして新しくキリスト的な思想を持った西学が生まれる。これに対して今まで通り俺たちはアジア的な思想でやっていこうぜ的な東学も生まれた。東学はアジアの思想を大切にするという考えが過激化して外国を排除する方向へと傾いていった。こうして東学が外国人連中は出て行けと甲午農民反乱が起こる。

東学
東学

俺たちはアジアの思想を大切にするんだ!外国思想の奴らは出て行けよ!

この甲午農民反乱はめちゃくちゃ大きい規模になったためもはや李氏朝鮮政府のみでは鎮圧することができなかった。そのため李氏朝鮮は清に助けを要求する。

李氏朝鮮
李氏朝鮮

やべえ反乱俺たちだけじゃ抑えられねえよ。清さん助けてくださいよお

こうして清は朝鮮に軍隊を派遣することになる。天津条約で次に朝鮮に出兵するときはお互いに通告する約束をしていたため清は条約通り日本に軍隊を派遣すると通告する。

朝鮮の反乱抑えるために出兵するぞ。日本にもちゃんと教えとかないとな。

日本としてはこのまま朝鮮の反乱を清が抑え込んでしまうと朝鮮は清に傾くだろうから1人だけにいい顔をさせるわけにはいかず、また天津条約もあるので日本も朝鮮に出兵することになる。

日本
日本

清だけにいい顔されてたまるか。俺たちも出兵するぞ。

 



日清戦争開戦

こうして再び朝鮮半島内に清と日本の軍隊が入ることになった。最初はお互い反乱を鎮圧するためであり敵同士ではなかった。さらに日本は朝鮮半島にいる日本人を助けるという名目もあった。お互い船を行き来させる中で清と日本の船がすれ違うときには敬礼する決まりがあった。しかしあるとき清の船が敬礼をすることなく日本の船に発泡をしてきた。これをもって日清戦争が開戦。

敬礼せずに発砲したれ

日本
日本

舐めたことしやがって戦争じゃ

こうして始まった日清戦争は日本が勝利し下関条約が締結された。この下関条約で朝鮮半島は清の子分という扱いではなく独立国として認められた。さらに日本は台湾や遼東半島を獲得し多額の賠償金も払わせることになった。

日本
日本

しゃあ、東アジアのボスぶっ潰してやったわ。賠償金よろしくな。

しかしこの後ロシア、フランス、ドイツによる三国干渉によって遼東半島は清に変換することになる。

ロシア
ロシア

おい日本、流石にやりすぎやろ遼東半島は返してやれ(中国進出は俺たちも狙っているんだから日本だけに好き勝手されてたまるか)

日本
日本

ちくしょう俺たちは戦争に勝ったのに。今は三ヶ国相手に戦うのは無理だけどいつかシバいてやる

まとめ

壬午軍乱と甲申政変をきっかけに清軍と日本軍が朝鮮半島内に入ってくることになった。一度天津条約によって両軍朝鮮から撤退することになった。それと同時に次に朝鮮に軍隊を入れるときはお互いに通告しましょうとの取り決めもあった。

開国によって西洋の考え方も朝鮮半島に入ってきた。それによってキリスト教的な教えを中心とするグループと今までのアジア的な教えを中心とするグループに分かれた。このアジア的な考え方のグループは次第に過激化し海外勢を追い出そうとする動きに変化していく。こうして甲午農民反乱が勃発。この反乱を朝鮮だけでは止めることができないため清に助けを要求。これによって清軍が朝鮮内に入ることになるので日本軍も朝鮮に出兵。こうして日清戦争が始まり日本が勝利することになった。

日清戦争の結果下関条約が締結され朝鮮は独立国として認められ日本は中国への足掛かりを手に入れた。

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