清の歴史をわかりやすく解説2 雍正帝と乾隆帝

 



雍正帝(ヨウセイテイ)

第5代皇帝として即位した雍正帝は第4代の康熙帝(コウキテイ)がめちゃくちゃ優秀だったのでプレッシャーを感じていた。生真面目な性格で朝4時から夜の12時まで働きまくっていた。

雍正帝
雍正帝

お父さんめちゃくちゃ優秀だったから俺も頑張んねえと

イエズス会とその他のキリスト勢力が布教の仕方を巡って中国国内で争い始めていた。中国では伝統的に孔子の教えを大切にしていたので先祖を崇拝したり孔子様を崇拝していた。イエズス会は中国のこれらの伝統を認めていたが、それ以外のキリスト教勢力が一神教の教えに背く行為だとして中国の伝統を批判していた。よその地域で布教をしているくせに争い始めたのがめんどくさくて雍正帝はキリスト教の布教を禁止した。

雍正帝
雍正帝

おめえらどこの奴らか知らねえけど勝手に国内で争ってんじゃねえ。キリスト教の布教は禁止だ。

乾隆帝(ケンリュウテイ)

雍正帝の次に清の皇帝に即位したのが乾隆帝。乾隆帝は60年皇帝として在位していた。乾隆帝は自身のおじいさんに当たる康熙帝(コウキテイ)を非常に尊敬していたため康熙帝の61年を超える前に自ら皇帝の地位から退いた。

乾隆帝
乾隆帝

おじいちゃんのことを尊敬しているからおじいちゃんより長く皇帝にはならない

そんなおじいちゃんを尊敬してやまない乾隆帝は北の異民族であるジュンガルを平定し、領土を拡大。獲得した領土を新疆(シンキョウ)と呼ぶ。この新疆に加えチベットなどを監視する役所を整備した上でこれらの地域に大幅な自治を与えた。

乾隆帝
乾隆帝

ジュンガル平定して、そこを監視しつつ自治は与えてやるか

さらに貿易制限令を出してヨーロッパとの貿易を広州限定に制限する。これにより中国国内の銀の流出を防いだ。加えて貿易を公行という商人のグループに独占させる。こうしてヨーロッパがお茶が欲しかったら公行から買うしかないので公行は値段を釣り上げることができる。

乾隆帝
乾隆帝

貿易を広州のみに限定して銀の流出を防ぐぞ。その上で公行に独占させて値段を釣り上げるんだ。

清の統治方法

清は中国の大部分を占める漢民族の国家ではなく女真族の国。女真族が漢民族を支配している構図になる。かつてのモンゴル系が支配した元の時と構造は似ている。しかし漢民族の扱いが元と清では決定的に違っていた。

モンゴルはモンゴル人第一主義をとってモンゴル人を重宝し、漢民族に重要な役職は与えなかった。それに対して清は役人の数を偶数にし、女真族と漢民族で半分にした。さらに科挙もそのまま採用するなど中国の伝統に気を使った支配をした。

漢民族の人たちもちゃんと採用しますよ

このように清は漢民族の伝統を守っていたが、それだけではなくアメとムチを巧みに使い分けた。清のことを批判した書物を書いたり出版することを禁止したり辮髪という女真族伝統の髪型を矯正したりもした。

書物で清のこと批判するの禁止な。あと髪型辮髪にしろ。

まとめ

第5代皇帝の雍正帝の時に典礼問題によって中国国内でキリスト教が暴れ始めたのでキリスト教の布教を禁止。お父さんの康熙帝がめちゃくちゃ優秀だったため雍正帝はプレッシャーを感じながらも激務をこなした。

第6代皇帝の乾隆帝の時代にジュンガルを平定して領土を拡大した。初代のヌルハチから6代皇帝の乾隆帝までの皇帝がもれなく名君だったため清は異民族が漢民族を支配していたが、長く続く王朝となった。

女真族が漢民族を支配していた清だったが、飴と鞭を使い分けることでうまく中国を統治した。

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