清の歴史をわかりやすく解説1 建国から康熙帝まで

 



建国と中国統一

中国の北には女真族という民族がいた。ヌルハチという人物がこの女真族を統一して後金という国を建国した。

ヌルハチ
ヌルハチ

女真族を統一して後金を作るぞ

こうしてヌルハチによって建国された後金は第2代皇帝の時に清と国の名前を変更。そして第3代皇帝順治帝(ジュンチテイ)の時に李自成の乱が起こって明が滅亡した。これを聞いた順治帝は中国内に侵入し、李自成を討伐し北京を占領した。

順治帝
順治帝

李自成をぶっ飛ばして中国内に侵入するぞ

北の民族が中国内に侵入する際超えなければならないのが万里の長城。清も例に漏れずこの万里の長城を攻略しなければならないのだが、この時万里の長城の一番東側の関所に呉三桂(ゴサンケイ)という人物がいた。この呉三桂は元は明の家来であったが、明が滅んでしまったため順治帝を案内した。これによって清は中国内に侵入することが可能になった。これのお返しとして順治帝は呉三桂とその仲間に中国の南の領土を与えた。

順治帝
順治帝

呉三桂ありがとな、おかげで万里の長城超えれたわ。お礼に中国の南をあげるよ。

中国史上最高の名君

順治帝のあと中国史上最も長い期間皇帝の位についていた康熙帝(コウキテイ)が清の皇帝となる。清の最初の6人の皇帝は全員が名君と言われているが第4代の康熙帝はその中でもさらに輝きを放っている。

康熙帝
康熙帝

俺が中国史上最高の名君や

康熙帝は順治帝が呉三桂とその仲間にあげた南の方が独立の動きをチラつかせたのでこれを鎮圧した。

康熙帝
康熙帝

ちょっと南の奴ら調子こいてるからぶっ飛ばしとくか

さらに台湾にいた明の復活を狙う勢力が反清運動を起こしてきたのでこれも鎮圧し、台湾を直轄領にした。

康熙帝
康熙帝

台湾の奴らが調子こいてるから潰した上でこれからは俺が管理する

その頃北ではヨーロッパからロシアが勢力を拡大してきていたのでロシアと揉める前にネルチンスク条約で国境を決めておいた。

康熙帝
康熙帝

ロシアとの国境決めときます

 



まとめ

ヌルハチが女真族を統一して中国の北に後金と呼ばれる国を建国。第3代皇帝の順治帝の時に李自成の乱が起こって明が滅亡。これを機に中国内に侵入し中国統一を果たす。

第4代皇帝として康熙帝が即位。康熙帝は中国史上でも有数の名君と名高い。台湾の明復活を狙う勢力を鎮圧し台湾を直轄地にする。さらにロシアとの国境もこの時に定められた。

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