大ドイツ主義と小ドイツ主義

 



統一を目指すドイツ

ドイツには中世以降神聖ローマ帝国が君臨していた。君臨していた、といっても実際の権力は弱く神聖ローマ帝国内にはいくつもの小さな国が乱立してそれぞれがそれぞれの地域を支配していた。

そんな小さい国の中でも右上のプロイセンと右下のオーストリアが強い国だった。そんな二つの国を中心としてドイツも一つにまとまろうという統一の動きがで始める。まずは経済面での統一を目指してドイツ関税同盟が結成される。こうしてドイツ国内での経済を円滑にすることが目的だった。

こうした経済的な統一は政治的な統一に比べると簡単だ。現在のEUもユーロの導入など経済面での統一は進みやすいが、国境をなくすとなると話はまた別になってくる。この時のドイツも同じく経済の統一はすんなり達成したものの政治的な統一には手を焼くことになる。

大ドイツ主義と小ドイツ主義

政治的統一を求めてフランクフルト国民議会が開催されるが小ドイツ主義と大ドイツ主義で対立が生まれた。それぞれの主張の違いは単純で統一されたドイツにオーストリアを含めるか含めないかで対立した。大ドイツ主義はオーストリアを含めた方が良いという主張で、小ドイツ主義はオーストリアなしでプロイセンを中心としてやっていこうという主張。

大ドイツ主義
大ドイツ主義

オーストリアも含めた方が人口も多くなるし、その分経済力も強くなるんだから強い国を作れるぞ

小ドイツ主義
小ドイツ主義

ドイツ人以外の民族もいるオーストリアも含めたら純粋なドイツ人国家が作れなくなるぞ

オーストリア自体はドイツ人の国だったもののハンガリーなどの異民族もオーストリアに住んでいたのでそれを懸念する声もあった。



宗教的な問題

さらに宗教的な問題もここに絡んできた。プロイセンはプロテスタントの国だった。対してオーストリアはカトリック。北ドイツにはプロテスタントが多く、西南ドイツにはローマに近い影響もあってカトリックが多かった。そのため北ドイツとプロイセンは小ドイツ主義、西南ドイツとオーストリアは大ドイツ主義へとなって対立は深まっていった。

この後ビスマルクが登場してドイツを統一へと導いていく

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