ユグノー戦争とは何かわかりやすく解説

ユグノー戦争とは

ユグノーとはフランスのカルヴァン派プロテスタントのことでこのカルヴァン派とカトリックが戦った宗教戦争がユグノー戦争

二つのポイント

  • サン・バルテルミの虐殺
  • ナント勅令

サンバルテルミの虐殺

16世紀後半フランスでは新教であるカルヴァン派プロテスタントが弾圧を受けながらも徐々に勢力を拡大していた。それに伴いカルヴァン派とカトリックの対立も広がっていった。カルヴァン派は貴族にまで広がりを見せ勢力をどんどん伸ばしていった。

当時の王シャルル9世はまだ幼かったため王の母であるカトリーヌが政治の実権を握っていた。最初王の母は結構ユグノーに対しても優しい感じの政策を行なっていた。そして娘とカルヴァン派の貴族のアンリを結婚させ、ユグノー認めてくよ〜みたいなことをしようとした。

そしてこの二人の結婚パーティを開くことになった。ここには沢山のカルヴァン派もカトリックも集まったが、このパーティでカトリックがカルヴァン派を大量に虐殺した。この虐殺には当時カトリックで世界最強のスペインに恐れた王の母が裏で糸引いていたじゃないかと言われている。

この虐殺によりカルヴァン派は大激怒し内戦は泥沼化していった。

ナントの勅令(ナントの王令)

泥沼化していたユグノー戦争。幼かった王が死んだ後色々ありながらもカトリーヌの娘と結婚していたカルヴァン派のアンリが血縁的に王にふさわしてことで王に即位する。

カトリックとしてはこれはめちゃくちゃ嫌だ。なぜなら自分たちと信じている宗教が違う人間が王になるから。ここでアンリはこう言った。

アンリ4世
アンリ4世

カルヴァン派やめてカトリック信者になります。

これによりカトリック信者たちの不満を解消した上でさらにナントの勅令(王令)で

アンリ4世
アンリ4世

ユグノーの人たちにも信仰の自由を認めます。

こうしてカトリックとカルヴァン派の仲をうまいこととりまとめてユグノー戦争を終わらせることに成功した。

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