オーストリア継承戦争と七年戦争

前回の記事の続きなので前回の記事もよかったらどうぞ

 



オーストリア継承戦争

マリア=テレジアがオーストリアの女王となることにプロイセンを筆頭に周りの国が文句を言ってきて始まった戦争。イタリア戦争以来ハプスブルク家と犬猿の仲だったフランスのブルボン家も出しゃばってきた。

女の人が即位するのは気に食わないというのは完全に言いがかりであくまで表向きの理由に過ぎなかった。

フリードリヒ2世
フリードリヒ2世

鉄鉱石と石炭が取れる土地が欲しいな〜

オーストリアの北に鉄鉱石と石炭が同時に取れる土地があった。ここが欲しかったプロイセンの王フリードリヒ2世が王位継承に文句を言ってオーストリア継承戦争は始まった。

いろんな国や諸侯達がフリードリヒ側についたこの戦争は結果的にプロイセンが勝利する。マリア=テレジアは即位を承認されオーストリアの女帝にはなったものの鉄鉱石と石炭が取れる土地はプロイセンに取られてしまった。さらにここは人口も多かったため税金がたくさん取れる。そこを取られたマリア=テレジアは相当痛手となった。

七年戦争

オーストリア継承戦争に負けて重要な土地を取られて悔しいマリア=テレジア。リベンジマッチを仕掛けたいものの戦争をふっかけたところでブルボン家も出しゃばってきて面倒。

マリア=テレジア
マリア=テレジア

なんとしても取り返したいからプライド捨ててブルボン家と組むわ

こうしてマリア=テレジアはイタリア戦争以来約250年間ドチャクソ仲の悪かったブルボン家と接近し、仲間にすることに成功。この同盟は「外交革命」と呼ばれる。その代わりに娘であるマリー=アントワネットをブルボン家に嫁がせている。

こうしてオーストリア継承戦争のリベンジマッチとして始まったのが七年戦争。オーストリア側には外交革命によって味方になったフランスに加えて同じく女帝だったロシアとスウェーデンも味方についた。対するプロイセン側にはイギリスのみでオーストリア、フランス、ロシア、スウェーデンvsプロイセン、イギリスで戦争は始まった。

オーストリアの圧倒的有利で始まったこの戦争。プロイセンに順調に攻め込んでいき勝利まであと一歩のところまで迫った。

しかしこの時オーストリアを支援してくれていたロシアの女帝が病死してしまう。そして次にロシア皇帝になったのがピョートル3世。

ピョートル3世
ピョートル3世

フリードリヒ2世めちゃくちゃかっけえ

ピョートル3世はプロイセン王フリードリヒ2世の大ファンだった。こうしてロシアがオーストリアを裏切りプロイセン側につくと戦況は一気に逆転。最終的にプロイセンが勝利し、マリア=テレジアは石炭と鉄鉱石が取れる土地を取り返すことができなかった。

 



啓蒙専制君主

オーストリア継承戦争と七年戦争でオーストリアに勝利したプロイセン王フリードリヒ2世。彼は啓蒙専制君主の典型例とされている。

それまでの絶対王政では王権神授説を使って「自分が偉いのは神に権力を認められているからだ」として国民を支配していた。王はあくまで神から権力を授けられた特別な存在として振る舞っていた。

ルイ14世
ルイ14世

朕は国家なり

絶対王政における王は学問をよしとしなかった。国民が学問を通して「王も特別な存在ではなく結局は1人の人間」だということがバレるのを恐れていたからだ。これが絶対王政。

対するフリードリヒ2世のような啓蒙専制君主とは

フリードリヒ2世
フリードリヒ2世

あれ、学問ってめちゃくちゃすばらしいですね。

このように王様自らが学問の良さに気付いたことから始まる。王は学問にハマり、勉強すればするほど自分もただの1人の人間であるという真実に気付く。学問は良いものだと知っているので国民に禁止することも気が進まない。かと言って国民が学問をして王自身もただ1人の人間であることがバレると国民を支配して良いという理由がなくなる。そこで王はこう考えた。

フリードリヒ2世
フリードリヒ2世

学問を頑張って自分を磨くことで立派な人間になろう。立派な人間になて国民の信頼と尊敬を得てその上で王として権力を保持しよう。

このような結論に至り、自分を磨いて尊敬を得ることによって王として国民を支配することを正当化した。よって啓蒙専制君主は国民にとって良い政治を行うことが多い。

以上啓蒙専制君主について解説してみました。絶対王政の象徴でもあるルイ14世の記事もあるので気になった人は読んでみてください。

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