太陽王ルイ14世

 



三つのポイント

  1. 幼少期
  2. スペイン継承戦争
  3. 晩年

幼少期

ルイ14世は非常に若くしてフランス王となったため幼少期は宰相(さいしょう)のマザランが政治を行っていた。マザランの時代に王権が強くなりすぎることを嫌がった高等法院や貴族たちがフロンドの乱を起こす。これを鎮圧することに成功した。

王と貴族は時代ごとに権力の強さ弱さが変わっていて王はできるだけ貴族の力を弱めるような努力をする。ルイ14世は幼少期の頃に貴族が勝手に反乱を起こして鎮圧されたために大人になった頃に誰も王に逆らえない最強状態になる。

ルイ14世
ルイ14世

朕は国家なり

スペイン継承戦争

ルイ14世は国をあげてお金儲けを始める。そして儲けたお金で対外戦争を仕掛けて行く。ルイ14世は戦争は好きだったけどうまくはなかった。一番めんどくさいパターン。南ネーデルラント継承戦争、オランダ侵略戦争、ファルツ戦争など戦争の種を見つけては戦争しに行くがうまくいかない。

極め付けがスペイン継承戦争。フランス対オーストリア、イギリス、オランダで起こったこの戦争。当時スペインはハプスブルク家の領土だった。ハプスブルク家の王家が断絶したことに目をつけたルイ14世。

ルイ14世
ルイ14世

孫にスペインプレゼントしたいなり

おじいちゃんが孫にSwitchあげる的なのりでルイ14世は孫にスペインをプレゼントしようとした。ハプスブルク家はオーストリアあたりの領土も持っていてそっちがスペインも継げば良いだろと反発した。こうしてヨーロッパ中を巻き込んだ大戦争に発展する。

結果このスペイン継承戦争の講和条約として結ばれたユトレヒト条約でルイ14世は孫をスペインの王家にぶち込むことに成功。しかしこの戦争でフランスは体力を使い果たした。そこに目をつけたのがイギリス。

イギリス
イギリス

フランスさ~ん土地くれない?嫌なら戦争する?

フランスはもう疲れ果てていたので戦争する訳にいかずアメリカの領土やスペインの領土をイギリスに取られるなど実質的にスペイン継承戦争はイギリスが勝った。

 



晩年

散々戦争するも大した結果を得られなかったルイ14世の晩年は財政難に苦しかった。浪費癖も酷かったのでさらに財政を圧迫した。

さらにルイ14世はナントの王令を廃止した。カルヴァン派の信仰を認めるナントの王令を禁止することは国内のカルヴァン派を信仰するユグノーたちの立場をなくすこととだった。カルヴァン派はお金を貯めることを良しとしていたので主に商工業者たちが信仰していた。そのユグノー達がカルヴァン派を禁止されたことで国外に逃げた。商工業者が国にいなくなったので国内産業の衰退を招いた。

このような財政難はのちにフランス革命のきっかけとなる。

フランス革命の記事もあるのでよかったら読んでみてください。

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