三十年戦争とは何かわかりやすく解説

三十年戦争とは

1618年から1648年の間に主に現在のドイツあたりで行われた戦争。最初はカトリックvsプロテスタントの間のイザコザから周辺の国が介入してきて政治的な意味合いも持つようになる。結果的には神聖ローマ帝国の衰退を招きウェストファリア条約は神聖ローマ帝国の死亡証明書とも呼ばれる。

三十年戦争3つのポイント

  • 当時の神聖ローマ帝国
  • カトリックvsプロテスタント
  • 各国の介入

当時の神聖ローマ帝国

現在のドイツ辺りには当時神聖ローマ帝国があった。神聖ローマ帝国は小さな国が集まってできており、皇帝は選挙で選んでいた。

それぞれのちっちゃい国ではその国のトップがプロテスタントかカトリックかを選べた。だから神聖ローマ帝国内にはカトリックの国とプロテスタントの国が混在していた。

発端はそのちっちゃい国のうちの1つであるベーメンで起こる。ここは民衆はプロテスタントで国のトップはカトリックだった。国のトップは民衆にカトリックの信仰を強制するが民衆は当然反発する。

民衆
民衆

俺たちはプロテスタント信仰してえんだよ!カトリック押し付けてくんじゃねえ!

カトリックvsプロテスタント

ベーメンの民衆は神聖ローマ帝国の皇帝になんとか解決してくれと頼むが、皇帝はこれを無視してカトリックに改宗するように使者を送ってきた。そしてこのカトリックの使者をプロテスタントの民衆は窓から落としてしまう。これをきっかけに神聖ローマ帝国内のプロテスタントとカトリックがどんどん争いを起こしていくことになる。

民衆
民衆

皇帝の使者を窓から落とすぞ!

各国の介入

言うこと聞いてもらえない皇帝の対策

当時の神聖ローマ帝国は力が弱くて帝国内のちっちゃい国同士のイザコザを止められなかった。そこで神聖ローマ帝国は同じカトリックの国であるスペインに「ねえ、うちの戦争なんとか止めてくれ〜(泣)」助けを求める。そしてスペインがこの内乱に参加することになる。

プロテスタントの抵抗

対するプロテスタントも外部に助けを求めるようになる。まずはプロテスタントの国デンマーク。このデンマークに対してカトリック側はヴァレンシュタインという人物を連れてきてぶっ潰してもらう。次に出てきたのはスウェーデン。スウェーデンもプロテスタント。スウェーデンはヴァレンシュタインを撃破するけど国王も戦死してしまう。

フランスの参戦

この状況を見て次に参戦してきたのはカトリックであるフランス。しかしフランスはプロテスタント側で参戦。フランスはカトリックとかプロテスタントとかどうでも良かったからとりあえず神聖ローマ帝国を潰したかった。

ウェストファリア条約

こうして神聖ローマ皇帝内で争いに争いまくった末にウェストファリア条約が結ばれた。このウェストファリア条約によって

  • カルヴァン派もOK!
  • フランスがアルザス地方獲得
  • オランダとスイス独立
  • ちっちゃい国の王は完全自由

こんな感じのことが決められた。ちっちゃい国が自由にできるようになったことで神聖ローマ帝国はあってないようなものとなってしまった。このようにまとまりがなくなったドイツは今後イギリスやフランスに遅れを取るようになる。さらに資源の取れるアルザス地方をフランスにとられたり散々だった。

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