【イスラム史】アッバース朝・セルジューク朝



アッバース朝

アッバース朝が成立する前のウマイヤ朝は税制に問題を抱えていた。それはアラブ人とそれ以外の民族を差別したものでムスリム(イスラム信者)かどうかは関係がなかった。非アラブ人ムスリムはムスリムであるのにも関わらずアラブ人ムスリムより多くの税を課せられていた。

非アラブ人ムスリム
非アラブ人ムスリム

なんで俺たちもイスラム教信じてるのに税金払わなきゃいけねえんだよ

こうしてウマイヤ朝は滅亡し、アッバース朝が建てられた。アッバース朝はウマイヤ朝が抱えていた税制問題を見事に解決した。ムスリムであればアラブ人だろうがイラン人だろうがペルシャ人だろうが平等に課税され、ユダヤ教やキリスト教などの異教徒はプラスで税を課された。

ムスリム
ムスリム

よしムスリムはこれでみんな平等になったぞ

さらにアッバース朝はイスラムの教えに則って統治を行ったのでイスラーム帝国と呼ばれるようになった。

タラス河畔の戦いでは中国王朝の唐と激突し見事に勝利。捕らえた捕虜が紙の作り方を知っていた。それによってイスラム世界で紙を作ることが可能になった。

分裂の時代

アッバース朝の領土は現在のイラク・イランからアラビア半島、エジプト、北アフリカを支配していた。領土がデカすぎて統治がうまくいかなくなっていろんな王朝に分裂してしまう。

アッバース朝
アッバース朝

領土デカすぎて統治すんの無理ンゴ

東西をシーア派(アッバース朝はスンナ派)に挟まれ圧迫を受け続けアッバース朝は徐々に弱体化していくことになる。東のシーア派王朝であるブワイフ朝に都のバグダードを占領され力は弱まって行った。

ブワイフ朝
ブワイフ朝

アッバース朝からバグダードを奪ったぞ

 



セルジューク朝

アッバース朝がブワイフ朝に圧迫されて力を弱めている頃トゥグリル・ベクが現れた。トゥグリル・ベクはスンナ派のセルジューク朝を建国する。ブワイフ朝はシーア派で仲が悪かった。そんなトゥグリル・ベクはブワイフ朝からバグダッドを取り返すことを決意する。

トゥグリル・ベク
トゥグリル・ベク

シーア派の奴らからバグダッドを取り返すぞ

こうしてトゥグリル・ベクはバグダッドに入城しシーア派から取り返すことに成功する。トゥグリル・ベクはアッバース朝のカリフからスルタンの称号を授けられ、政治の実権を握ることになる。

アッバース朝のカリフ
アッバース朝のカリフ

トゥグリル・ベクにスルタンの称号を授けます。政治はお任せしました。

こうしてアッバース朝のカリフが宗教的な権威者となり実際の政治はセルジューク朝のスルタンが行うフォーメーションが出来上がった。

セルジューク朝はビザンツ帝国を圧迫し十字軍のきっかけを作った王朝でもある。

まとめ

ウマイヤ朝が税制の問題で非アラブ人ムスリムの不満を高め滅亡してしまった後建てられたアッバース朝は税制の問題を解決し、統治を完璧に行なった。

その後イスラムは分裂しアッバース朝は東西からシーア派の圧迫を受けることになった。

圧迫を受けるアッバース朝を助けたのがセルジューク朝で以降セルジューク朝は支配する権利をアッバース朝から与えられ実際の政治を行うようになった。

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