【イスラム史】正統カリフ・ウマイヤ朝

 



正統カリフ時代

ムハンマドが神の声を伝えられ、それを広めアラビア半島を統一した後に死んでしまった。その後ムハンマドの後を継いだのがカリフ。カリフのうちムスリム(イスラム教徒)の選挙によって選ばれたカリフを正統カリフと呼び、4人の正統カリフがとしてイスラム世界のリーダーになった。

ムスリム
ムスリム

選挙でカリフ(ムハンマドの後継者)を選びましょう

選挙で選ばれた正統カリフに率いられた時代を正統カリフ時代と呼びイスラムは領土を広げる。イスラムを広げるための戦いを聖戦(ジハード)と唱え領土を拡大することを宗教的に正しいことだとして信者は必死に戦った。

ムスリム
ムスリム

イスラムに改宗するか俺たちにボコされるか選びな

ニハーヴァンドの戦いでイラン辺りにあったでかい帝国のササン朝ペルシアを倒してイラン・イラク辺りに領土を拡大。さらにビザンツ帝国からエジプトやシリアの領土を奪った。

ウマイヤ朝の成立とイスラムの分裂

正統カリフが4人続いた後にムアーウィヤが選挙ではなく実力によってカリフの地位を奪う。ムアーウィヤ以降カリフは選挙ではなく世襲制に変更された。こうしてムアーウィヤによって建国されたのがウマイヤ朝。

ムアーウィヤ
ムアーウィヤ

次は俺がカリフになってウマイヤ朝を建国する

この実力によってイスラムをのっとったムアーウィヤを認める派と認めない派で分かれ、イスラムは分裂した。このムアーウィヤを認める派が多数派を形成し、スンナ派となった。そしてムアーウィヤを認めず、4代目正統カリフのアリーの子孫こそが正統だとする派がシーア派となった。

ムアーウィヤによって建国されたウマイヤ朝も積極的に征服活動を行った。特に西へと拡大し現在のスペイン・ポルトガルがあるイベリア半島を征服。ヨーロッパに西から侵入しフランク王国とトゥール=ポワティエ間の戦いで敗北した。正統カリフ時代からさらに領土を拡大し、アラビア半島を中心に東はイラク・イラン、西は北アフリカからイベリア半島まで領土を広げた。

ウマイヤ朝
ウマイヤ朝

西に領土を拡大するぞ

 



ウマイヤ朝の失敗と滅亡

ウマイヤ朝は領土を拡大したが100年もしないうちに滅亡してしまった。その理由が税制にある。アラブ人ムスリムに対しては大幅に税を免除したのに対し非アラブ人のムスリムに対してはムスリム以外とほとんど変わらない税を課したことで非アラブ人ムスリムは不満を高めていった。この非アラブ人ムスリムが反乱を起こしてウマイヤ朝は100年以下で滅亡することになった。

非アラブ人ムスリム
非アラブ人ムスリム

俺たちもイスラム教信仰しているのになんでイスラム教信仰してない奴らと同じだけ税収めねえといけねえんだよ。イスラム教徒は全員平等じゃねえのかよ。

  • アラブ人ムスリム・・・多くの税を免除
  • 非アラブ人ムスリム・・・ジズヤ(人頭税)、ハラージュ(土地税)が義務
  • 異教徒・・・ジズヤ(人頭税)、ハラージュ(土地税)が義務

この真ん中の非アラブ人ムスリムがなんでイスラム教信仰しているのに税免除されねえんだよ!とキレた。

まとめ

ムハンマドの死後イスラム世界は選挙によって選ばれた人物をリーダーとして領土を拡大していった。神のための戦い(ジハード)によって強さを誇ったイスラム勢力は急速に領土を拡大した。

ムアーウィアによってカリフの地位が世襲制になったことでシーア派とスンナ派に分裂した。ムアーウィアの建てたウマイヤ朝も積極的に領土を拡大し、西は現在のスペインがあるイベリア半島にまで領土を拡大した。

戦争は最強だったウマイヤ朝だったが、アラブ人とアラブ人以外で税金面での差別をし不満を高めた非アラブ人イスラム教徒が反乱を起こして短命に終わった。

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