安政の大獄と公武合体とはなにかわかりやすく解説



将軍継嗣問題

13代将軍が病弱で子供がいなかった。そのため14代将軍を誰にするかで争ったのが将軍継嗣問題。一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)を推したのが一橋派。一橋派は黒船の来航により日本はピンチに陥っているので能力のある人物によって改革をしていかなければならないと考えていた。そのため能力に定評のあった一橋慶喜が将軍になるべきだと主張した。

一橋派
一橋派

能力ある人物によって幕府のあり方を改革していくぞ

一橋派に対抗したのが井伊直弼を中心とした南紀派(なんきは)。南紀派の推しは徳川慶福(とくがわよしとみ)。南紀派はすでに幕府で権力を握っていた連中で、改革によって今の地位を失いたくなかった。そのためまだ幼く、コントロールしやすい徳川慶福を将軍に推した。

南紀派
南紀派

改革なんてさせるか

結果的に井伊直弼率いる南紀派がゴリ押しし、徳川慶福が徳川家茂(いえもち)として14代将軍になった。

安政の大獄と桜田門外の変

井伊直弼は天皇の許可なしに条約を結んだり、強引に徳川慶福を将軍にするなどの政策で反感を買っていた。そんな井伊直弼は反対派の粛清を始める。これが安政の大獄。

井伊直弼
井伊直弼

偉そうに俺たちに反対してきた奴らを罰してやる

こうして井伊直弼は一橋派の人間を隠居や謹慎。中には処刑される者も存在した。このような粛清を行った井伊直弼はさらに反感を買うことになり桜田門外の変によって暗殺されることになった。

井伊直弼嫌いな人
井伊直弼嫌いな人

井伊直弼調子乗りすぎ、ぶっ殺してやる



公武合体

天皇は外国が嫌いで、開国に反対派だった。しかし井伊直弼が天皇の許可なしに条約を結ぶなど幕府と天皇の関係は悪化していた。幕府側に安藤信正が現れて天皇と幕府の仲直りをしようと考えた。この仲直り政策を公武合体という。

安藤信正
安藤信正

幕府と天皇仲直りしようぜ

安藤信正は公武合体政策の中で天皇の妹と将軍に嫁がせた。

安藤信正
安藤信正

天皇の妹を将軍家に嫁がせる

しかしこの結婚に天皇をめちゃくちゃ尊敬している人たちは反感を抱いた。そしてこの反感を抱いた人によって坂下門外の変が起こされる。安藤信正はなんとか一命を取り留めたが、失脚することになってしまった。

まとめ

将軍継嗣問題で国内は一橋派と南紀派に分かれた。結果的に井伊直弼を中心とした南紀派の意見が通され、徳川家茂が14代将軍となった。

井伊直弼は安政の大獄で反対派を処罰し、吉田松陰などは処刑された。安政の大獄により井伊直弼を恨むようになった人物が桜田門外の変により井伊直弼を暗殺した。

安藤信正は朝廷と幕府の仲直りをさせて混乱を乗り切ろうとした。孝明天皇の妹を将軍に嫁がせるなど公武合体を行った。しかし尊皇攘夷派の反対をくらい坂下門外の変で失脚するとこになった。

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