不平等条約の改正の流れを簡単に解説2

 



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不平等条約の改正の流れを簡単に解説1
 条約改正問題幕末に結ばれた欧米諸国との不平等条約を改正することは明治政府にとって最重要課題の一つだった。治外法権の撤廃と関税自主権の回復をすることが日本の悲願だった。日本不平等条約を改正してやる岩倉具...

大隈重信

条約改正問題において井上馨が欧化主義政策を実行したことで、裁判官を外国人にするとした上で領事裁判権の撤廃の妥協案として認められた。しかしその後ノルマントン号事件によりイギリス人船長が無罪になったことを受けて国民は完全な領事裁判権の撤廃を求めるようになる。

続いて条約改正に尽力したのが大隈重信。大隈も井上に続いて領事裁判権の撤廃を目指した。外国人裁判官の大審院(最高裁判所)に限定して任用するという条件を提示された。井上の時は最高裁以外も外国人裁判官の起用を求められていたので、少しだけ進歩したと言える。

大隈重信
大隈重信

よっしゃー、外国人裁判官を最高裁にだけにすることができたぜ

しかし大隈はこの交渉条件を国民に黙って望んでいた。この交渉内容がイギリスの新聞にすっぱ抜かれて日本国民にバレてしまった。これにキレた国民に襲撃されて大隈重信は外務大臣を辞任することになった。

国民
国民

なに!? こんな内容で交渉してたのかよ!

国民
国民

結局上告されたら外国人裁判官に裁かれるやんけ!大隈ふざけんじゃねえシバくぞ

青木周蔵

次に条約改正に踏み切ったのが青木周蔵。青木周蔵によって遂にイギリスが治外法権の撤廃に賛成する。

青木周蔵
青木周蔵

シャア遂にイギリスが賛成してくれたぞ

これにはイギリス側の事情が大きく関係していた。当時ロシアが結構イケイケで拡大していた。ロシアは寒くて港が凍ってしまうので凍らない港を求めて南に降りてくる。

ロシア
ロシア

凍らねえ港欲しいから南に進むぞ

最初はトルコの方に降りていくルートを探っていたけど、イギリスやフランスの邪魔がありうまくいってなかった。そこでロシアが次に目を蹴たのが東アジア。

ロシア
ロシア

トルコ方面はイギリスとフランスが邪魔してくるから東アジアの方を狙うか

ロシアの南下を防ぐためにちょうどいい位置にいたのが日本だったのでイギリスは日本と接近を始める。こんなイギリスの思惑があり日本の条約改正に対しいて一定の賛成を示すようになってきた。

イギリス
イギリス

ああ〜なんかロシア東アジアの方狙ってるっぽいな。あれ?いい位置に日本いるじゃん。利用する価値があるな。

そんなイギリスの思惑もありいい感じになったところで大津事件が起こってしまう。のちのニコライ二世となるロシアの皇太子を津田三蔵が襲い重傷を負わせてしまった。この責任を取る形で青木周蔵は外務大臣を辞めることになった。

青木周蔵
青木周蔵

私が責任とってやめます

 



陸奥宗光と小村寿太郎

日清戦争開始前に陸奥宗光によって日英通商航海条約が結ばれる。これにより領事裁判権が撤廃された。ロシアの南下を警戒していたイギリスと上手く交渉したことで他の国とも条約改正につながっていく。

その後時はたち日露戦争の後に小村寿太郎によって関税自主権の回復も達成された。これにより幕末に結ばれた欧米各国との不平等条約が遂に改正された。

まとめ

井上馨の後大隈重信によって一定の進歩を見せかけたが、国民の反感をかい大隈は襲撃されてしまった。この時に大隈は右足を失っている。

その後ロシアの南下を防ぎたいイギリスが日本と接近。治外法権の撤廃に賛成してくれたものの大津事件により外務大臣の青木周蔵は辞任に追い込まれた。

しかし陸奥宗光によって日英通商航海条約が結ばれ治外法権の撤廃に成功する。のちに小村寿太郎によって関税自主権も回復し、悲願の不平等条約改正に成功する。

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