金融恐慌と田中義一内閣

 



金融恐慌

金融恐慌が起こる以前の日本の経済状況を振り返ると、第一次大戦中は大戦景気による好景気が続いた。しかし大戦が終わりヨーロッパの国々の生産力が回復すると次第に日本の景気は悪化し戦後不況に陥ることになった。戦後景気が下がることはある程度予測ができていたが、この後思わぬダメージを喰らうことになる。それが山本内閣の組閣中に起こった関東大震災とそれに伴う不況。さらにその後第一次若槻礼次郎内閣の時に日本は金融恐慌に見舞われる。

日本
日本

もうボロボロだぞ

金融恐慌は大蔵大臣の失言から始まる。大蔵大臣が「東京渡辺銀行が破綻します」と発言。これにより預金者が一斉に自分の預金を引き出そうと殺到する取り付け騒ぎが発生する。

国民
国民

銀行が潰れる前に俺のお金だけでもおろしとかねえと!銀行に行くぞ!

さらにその後台湾銀行が多額の資金を貸していた鈴木商店が倒産。これにより台湾銀行が休業に追い込まれる。この混乱を立て直すために若槻内閣は天皇に緊急勅令を求める。しかし外交姿勢をめぐって対立していたため天皇の相談役である枢密院に却下されてしまう。こうして若槻内閣は総辞職することになる。

緊急勅令出してください!

お前らの外交姿勢気に食わねえから嫌でーす

第一回普通選挙の実施

若槻内閣の次に組閣されたのが田中義一内閣。田中義一内閣は外交面で天皇の方針と一致していたためすぐに緊急勅令を出してもらうことができた。こうして銀行機能を一時的に停止し、その間にお札を印刷しまくる戦法を使って金融恐慌を納めることに成功する。

緊急勅令出してください

お前なら良いよ

また第一回普通選挙法が実施された。この第一回普通選挙は大きな政党が有利になるような方式で行われたにもかかわらず、社会主義者を含む無産政党から8人も当選を果たしたためこのままでは社会主義勢力が強くなってしまうのではないかという不安が生まれた。

日本
日本

社会主義勢力が半端ねえな

この社会主義勢力の勢いに対抗するために治安維持法の最高刑を死刑にするなどの対策を行った。三・一五事件や四・一六事件などによる社会主義の弾圧が行われた。

日本
日本

社会主義者を逮捕しまくります

 



張作霖爆殺事件をわかりやすく解説

田中儀一内閣は中国への進出を強めた(この外交姿勢が天皇に気に入られていた)。当時の中国は南半分を中華民国が支配していたが、北には軍閥がはびこっていた。中華民国はこの軍閥をシバいて中国の統一を狙う北伐を実行する。

蒋介石<br>中華民国のトップ
蒋介石
中華民国のトップ

北の軍閥をシバいて中華統一するぞ

日本はこの北の軍閥の中でも一番有力な張作霖を支援することで北伐に対する干渉を行う。張作霖は北京を持っていたので利用価値が高かった。こうして日本はかつて日本が権益を握っていた山東半島にいる日本人を助けるという名目で三度の山東出兵を行うなど中国への進出を強めていった。

日本
日本

山東半島にいるたくさんの日本人を北伐軍から助けるぞ

しかし中華民国の北伐軍はなかなか強かった。張作霖は北京を失うことになる。この北京を失い利用価値の低下した張作霖を関東軍が爆殺する。これが張作霖爆殺事件と言われる。関東軍とは満州にいた日本の軍隊のことで爆殺自体は日本の意思ではなく関東軍の暴走によって行われた。しかしこの爆殺事件の後始末をめぐって田中内閣は天皇の不信を買うことになり総辞職することになった。

日本
日本

関東軍何してんだよ…

満州某重大事件が起こりました

お前よくわかんねえから総理大臣やめろ

やめます

まとめ

第一次若槻礼次郎内閣の時に金融恐慌が起こる。戦後恐慌の後、震災恐慌もあり経済がガタガタになっていた頃大蔵大臣の失言によって取り付け騒ぎが発生する。さらに台湾銀行が不正融資していたことが明るみになり、休業することになった。若槻内閣は天皇に緊急勅令を出してくれと頼むが、協調外交を嫌っていた枢密院に却下され若槻内閣は総辞職することになった。

若槻内閣の次に組閣されたのが田中義一内閣。田中内閣は強気の外交姿勢を示していたので天皇による緊急勅令が出され金融恐慌を脱出することができた。さらに第一回普通選挙が実施された。この選挙により社会主義者などを含む無産政党から8人も当選してしまったことから焦りを感じ治安維持法の最高刑を死刑にするなどの対策をした。

中国進出を狙う田中内閣は北京を支配する軍閥である張作霖を支援する。しかし張作霖が北京を失い、利用価値が低下したとみると関東軍が暴走し、張作霖を爆殺する。この張作霖爆殺事件の後始末を巡って天皇の不信を買い田中内閣は総辞職することになる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました