満州事変をわかりやすく解説

 



内閣と軍のすれ違い

満州事変とは柳条湖事件をきっかけに満州の日本軍である関東軍が満州を占領し、満州国の成立を宣言することである。満州事変が起こった原因として内閣と軍隊のすれ違いが起きていたことが挙げられる。当時の日本の内閣は第二次若槻礼次郎内閣だった。若槻内閣の外交路線は協調外交と言われ外国とは仲良くやっていこう的なノリだった。

若槻内閣
若槻内閣

外国とは仲良くやってこうぜ〜

しかしこの協調外交路線は軟弱外交だと軍からの批判をくらっていた。軍としては日露戦争で多くの犠牲を払い獲得した満州での利権が、協調外交では取り返されてしまうと考えていた。

関東軍
関東軍

そんなへっぴりごしだと満州の利権が取り返されるぞ

このように外交路線をめぐって内閣と軍では思惑が違っていた。この後満州を完全に日本のものとしたい軍が内閣とは違う方向へと進んでいく。

柳条湖事件

満州を占領した軍隊はある作戦を考えた。それが満州の鉄道である南満州鉄道の線路を爆破し、それを中国のせいだと主張し軍事行動を開始するという作戦。この自作自演とも言える作戦を実際に実行したのが柳条湖事件。満州の日本軍である関東軍は南満州鉄道を爆破しそれを中国軍の責任だと主張し中国との交戦が始まった。

関東軍
関東軍

南満州鉄道爆破するか〜

関東軍
関東軍

皆さん大変です!中国軍によって南満州鉄道が爆破されました!これは許せません!

この軍の暴走に対して若槻内閣はこれ以上の拡大を望まない不拡大方針を発表する。しかし世論やマスコミは軍を支持したことで若槻内閣は総辞職に追い込まれる。

若槻内閣
若槻内閣

軍の暴走を止めます

国民
国民

ふざけんじゃねえ!お前らやめちまえ!

若槻内閣
若槻内閣

やめます

 



満州国成立

こうして若槻内閣が倒れ関東軍が満州をほぼ占領したことで満州国が建設された。清最後の皇帝であった溥儀を執政(後に皇帝)として満州国の成立を宣言。この溥儀は事実上日本の操り人形だった。

関東軍
関東軍

満州国作りましたー!

この満州国の成立宣言に対してアメリカは承認せず、国際連盟はリットン調査団を派遣した。リットン調査団は柳条湖事件が本当に正当な軍事行動なのかを調査するために派遣された。

アメリカ
アメリカ

満州国なんて認めねえ

のちにこのリットン調査団によってされた調査の報告では日本の行為は正当ではなく侵略とされた。このリットン調査団の報告を支持するかどうかを問われたときに42か国が賛成をし、反対をしたのが日本1か国だけであった。そのため日本は国際連盟を脱退することになる。

日本
日本

は?あれは正当な軍事行動だわふざけんじゃねえ、俺はもう国際連盟辞める

まとめ

当時の協調路線を目指す内閣と拡大路線を目指す軍の間ですれ違いが起きていた。軍は暴走を始めていく。

南満州鉄道を爆破し、それを中国の仕業だとして軍事行動を開始する柳条湖事件が起こる。この後の展開をめぐって批判を食らうことになった若槻内閣はここで総辞職することになる。

世論やマスコミを味方につけた軍はそのまま満州を占領することに成功し、操り人形である溥儀を執政とした満州国の成立を宣言することになる。

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