イスラムの成立・イスラム教がどんな教えなのか簡単に解説

 



アラビア半島が栄える

7世紀前半現在のイランにササン朝ペルシアという大きな帝国があった。さらにササン朝の東、現在のトルコあたりの地域にビザンツ帝国があった。この二つの国が戦争を始めた。この戦争によって今までイランからヨーロッパへ行き来して商売していた商人たちの交易路が断たれてしまった。

商人
商人

戦争のせいで今まで使ってた道が使えねえ。回り道して行くか

こうして商人たちはイランから直でヨーロッパを目指すのをやめアラビア半島を回ってヨーロッパに向かうようになる。この商人たちの交易路の変更によってアラビア半島での経済活動や貿易が活発になりメディナやメッカといった都市が栄える。

ムハンマドの登場

都市での経済活動が活発化されたことで人々の間に貧富の差が生まれた。商売に成功した人はお金をたくさん稼いで裕福な生活を送るようになり、商売がうまくいかなかった人は貧乏になっていく。

富裕層
富裕層

商売うまくいってたくさんお金稼げた!

貧乏
貧乏

商売うまくいかなかったから貧乏になってまった

この貧富の差をなんとかしたいと立ち上がったのがムハンマドでした。

ムハンマド
ムハンマド

貧富の差を無くしてえな

ムハンマドは洞窟で瞑想した。

ムハンマド
ムハンマド

洞窟行くか〜

洞窟でムハンマドが瞑想しているとムハンマドの前に大天使ガブリエルが現れた。この大天使ガブリエルがムハンマドに神の教えを伝え、ムハンマドはそれを覚えた。

ムハンマド
ムハンマド

大天使ガブリエルから神の教えを聞いた

神からの啓示を受けたムハンマドはこれをみんなに伝え始める。しかし受け入れられず、迫害を受けてしまう。

みんな
みんな

ムハンマド迫害しようぜ

ムハンマドはメディナという別の都市に聖なる移動であるヒジュラを行う。このムハンマドがメッカで迫害を受けてメディナにヒジュラを行った年がイスラム暦での元年となる。

ムハンマド
ムハンマド

メディナにいって力を蓄える

メディナにヒジュラした後もムハンマドは神からの啓示を人々に布教して回った。メディナでは人々に受け入れられ、イスラム教の共同体であるウンマを形成。ウンマを形成したムハンマドはかつて迫害を受けたメッカに戻り、メッカを征服する事に成功する。

ムハンマド
ムハンマド

ウンマを率いてメッカに戻り、征服する

メッカを征服したムハンマドは他宗教の神殿だったカーバ神殿の像を破壊しイスラム教の神殿にする。その後、アラビア半島を統一し、ムハンマドは病気によって亡くなった。

 



イスラム教の基本

こうしてムハンマドによってアラビア半島に広まっていったイスラム教の基本となる教えを紹介していきたい。

イスラム教は唯一神アッラーに絶対服従する一神教。絶対服従とは神の教えに絶対に従うという事。一神教なのでアッラー以外の神は認められない。同じ一神教であるユダヤ・キリストとイスラム教の神であるアッラーは同じ神であるとされている。

またイスラム教においてムハンマドは最後にして最大の預言者である。ユダヤ教のモーセやイエスキリストなど神の言葉を人々に伝える預言者はたくさんいたが、ムハンマドこそが最後で最大。そのムハンマドが受け取った神の言葉を記したコーランが教典であり、アラビア語以外で書かれたものはコーランではない。コーランが全てなので聖職者は存在しない。

また神の前で信者は平等であり、お金持ちだろうが貧乏人だろうがお祈りは同じ時間にするし、断食や豚肉を食べないなどの教えはみんな守っている。

さらに偶像崇拝は禁止でアッラーやムハンマドの像を作ってそれを拝む事は禁止されている。像を作ってしまうと、こっちの像が好き、あっちの像が好きなど拝む対象が神ではなく像になってしまったりするため偶像崇拝は禁止されている。

まとめ

ビザンツ帝国とササン朝の戦争によってヨーロッパへ行けなくなった商人たちがアラビア半島を回ってヨーロッパを目指すようになる。その過程でアラビア半島は繁栄し、貧富の差ができた。この貧富の差を無くしたいと思ったムハンマドは洞窟で神の啓示を受けてそれをみんなに広めたことで、イスラム教は広まりアラビア半島を統一する事になった。

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