中東戦争とは何か、原因をわかりやすく解説(前編)

中東戦争とは

中東戦争とは主にユダヤvsアラブの間で起こった4度の戦争。1948年から1973年の間に起こりそれぞれ第一次〜第四次中東戦争と呼ばれる。

イギリスの三枚舌外交

エルサレムという場所

中東にエルサレムと呼ばれる土地がある。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地。中東戦争はこのエルサレムを中心に中東の地域を巡ったユダヤ教とイスラム教の対立が戦争に発展した形。ユダヤ教を信仰しているユダヤ人は世界中に離散していてそれ原因で歴史的に迫害を受けてきた。それに嫌気がさした形で自分たちの国を持ちたいとパレスチナの地に戻りたいという流れがあった。イスラム教を信仰するアラブ人達はユダヤ人がパレスチナの地を離れて以来ほとんどの期間でパレスチナの地に住んできた。

対アラブ

時は第一次世界大戦時。当時パレスチナを統治していたのはオスマン帝国。オスマン帝国はトルコ人の国家でしたが、国内にはイスラム教を信仰するアラブ人が多数住んでいた。イギリスと戦争していたオスマンがこれを利用する。トルコ人に支配されていたアラブ人とこんな条約を結ぶ。

イギリス「アラブ人さん、もし反乱を起こしてオスマン帝国内をめちゃくちゃにしてくれたら戦後パレスチナを君たちにあげるよ」

これはフセイン=マクマホン協定という。

対ユダヤ

同じく第一次世界大戦時イギリスはユダヤ人に接近する。ユダヤは世界中に散り散りになっている影響でユダヤ人同士のつながりが強く、金融業でお金を稼いでいる人がたくさんいた。そのお金を目当てにイギリスはこんな条約をユダヤ人と結ぶ。

イギリス「ユダヤ人さん、戦争に協力してくれたらパレスチナの地をユダヤ人にあげるよ」

これをバルフォア宣言という。

対フランス、ロシア

一緒に戦争を戦っていたフランス、ロシアとも戦後のオスマン帝国内の領域をめぐってイギリスはこんな条約を結ぶ。

イギリス「戦争に勝ったらオスマンの領地は俺らで分割しようぜ。特にパレスチナは歴史的にセンシティブな土地だから俺たちが統治するわ!」

これをサイクス=ピコ協定という。

これら3つの条約の問題点

ここまでみてきた3つの条約は秘密裏に行われ、しかも条約でそれぞれの民族に分け与えるとしている土地が一緒であることだ。戦後ユダヤやアラブの人はこういった。

ユダヤ&アラブ「え?この土地俺らにくれるんじゃなかったんすか?」

戦争に協力してくれたら聖地をあげるよと言われていたからアラブやユダヤの人たちはイギリスに協力したのに戦争が終わってみれば実際にはくれなかった。結局パレスチナはイギリスが統治することになる。

第二次大戦後

時は進んで第二次大戦後、2度の世界大戦で疲弊したイギリスは自分たちに憎しみの先が向かない様にユダヤ人とアラブ人の対立を煽りパレスチナの統治を止め国連に丸投げする。

国連はパレスチナ分割決議を採択してパレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家に分ける。しかしこの決議はかなりユダヤ人に有利な内容になっていてアラブ人は不満を持つことになる。

これにより両民族間の対立はさらに深まり内戦状態へと突入していくことになる。

続き

続きは中編に書きます。こっちで第一次から第四次までの中東戦争を詳しくみていきます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました