僕が知識・教養を発信する理由

今回はタイトルの通り、僕が知識・教養を発信する理由をつらつらと書いていこうと思います。最近インスタグラムも初め、そちらでも知識・教養を発信しています。多くの人に僕の持っていいる知識を伝えたい、そう思うのにはそれなりの理由があるんです。小学校時代から人生を振り返り、今私が知識を伝えたいと思うように至る経緯を今日は記事にしてみました。

魂の記事です。どうかお付き合いください。

サッカーが好きになった小学校時代

私は小学1年生の頃からサッカーをやっていました。自分でいうのもなんですが、地元のチームでは割と上手な方で、キャプテンもやっていました。サッカーが好きだったので、小学校を卒業する頃、「中学校でもサッカーを続けたいな」と考えるようになりました。しかし私の進学する中学校にはサッカー部がなかったので、どこかのクラブチームに所属するしか、サッカーを続ける方法がありませんでした。私は地域で名の通った強豪チームの選考会を受けることにしました。そして、その選考会に合格することができ、晴れて強豪チームの一員になることが出来ました。合格通知をもらった時の特別な感情は今でも忘れられません。

小学校時代はサッカーが好きで、中学は強豪チームでサッカーをすることになった

サッカーが上手でキャプテンだったこともあり、学校では割と人気者的な立場でした。小学校生活はとても楽しく、サッカーもとても充実した時間を過ごすことができました。

学校では人気者で、サッカーチームでもキャプテンをやっているという無敵状態だった

チームと学校

中学に入学し、いよいよ強豪チームでの活動が始まりました。期待と共に始まった中学サッカーでしたが、その期待とは裏腹に中学サッカーはうまくいきませんでした。チームではレギュラーになることができず、自信を失いチームに馴染むことができませんでした。途中何度も辞めたいと思いましたが、やっぱりサッカーが好きだったので練習を続けました。しかし、最後までレギュラーにはなれず、私の中学サッカーはあっけなく終了しました。

レギュラーをつかめず、あまりチームにも馴染めなかった

サッカーチームではうまくいってなかった私ですが、学校では相変わらず人気者的な立場でした。中学校生活はとても楽しく充実したものでした。全く別のコミュニティだったので、当時はほぼ2重人格でした。

中学校生活はとても充実していた

そして中学も卒業の時期が近付き進路について考える時期が来ました。私にあった選択肢は2つです。

  • 地元の入れそうな高校を受験する
  • 遠くのサッカー強豪校に入学し、もう一度サッカーを頑張る

私は当時あまり迷いませんでした。選んだのは「強豪校に入学し、サッカーを本気で頑張る」

中学卒業前の私はサッカーをもう一度頑張るという選択肢しか持っていなかった

高校時代

「もう一度サッカーで結果を残す」そう決めて強豪校に進学した私でしたが、現実は甘くありませんでした。1年生の頃は1番下のチームで活動していました。1年生だからしょうがないとはなりません。なぜなら同じ1年生でもトップチームでレギュラーとして活躍している同級生もいたからです。

2年生になりました。1つ上のチームに上がる事はできましたが、トップチームはもう1つ上です。相変わらず、トップチームで活躍する同級生はいます。加えて後輩である1年生でもトップチームに入る選手もいました。

3年になりました。遂には私はトップチームに昇格することができました。これでやっと試合に出れると思いました。しかし、怪我をした私は離脱することになり復帰後はトップチームから外れることになりました。

結局レギュラーになれないまま、高校サッカーが終わりました。遠くの学校まで3年間通わせてくれたのに、結果を出せなかったことで、親に申し訳なさを感じました。また強豪校ということもあり非常に厳しい部活でした。試合でミスをすると怒鳴られ、罵倒されます。3年間の高校サッカーを通して私は自己肯定感が0になりました。

レギュラーになれず、罵倒され続けた3年間で自己肯定感が0になった

高校時代で辛かったのはコミュニティが1つしかないということでした。部活でサッカーをやっていたので、学校でもサッカー部の顧問はいます。私は息苦しい高校生活を送ることになりました。「サッカーでミスをしないこと」を強要されていたため、実生活でも常に周りの目を気にし、ミスを恐れ、できるだけ目立たないように生きていくようになりました。

周りの目を気にし、ミスを恐れ、目立たないように生きるようになっていった

彼女との別れ

高校を卒業し、大学に進学しました。しかし思い描いているような大学生活は過ごせません。なぜなら自己肯定感は0、周りの目を気にしすぎている、ミスを恐れている、このような精神状態では人生を楽しむことができません。

大学生活全然楽しめねえ〜

そしてさらに私を追い込む出来事が起こります。それが大好きだった彼女との別れです。高校時代から付き合っていた彼女と大学1年生の頃に別れる事になりました。自己肯定感0の私はそんな自分でも許してくれているような彼女に依存していました。でもそんな関係はいつまでも続きません。彼女にも愛想を尽かされ、フラれてしまいました。ちなみに私はこの彼女のことをその後数年間引きずる事になります(笑)。

大好きだった彼女にもフラれちまった

1冊の本との出会い

中高のサッカー人生で完全に人間としての自信を失い、彼女にもフラれ、全然楽しくない大学生活を送っていた私に一つの転機が訪れます。それがある1冊の本との出会いです。本屋に立ち寄った私は午堂 登紀雄さんの書かれた『人生の「質」を上げる 孤独をたのしむ力』という本に出会います。

この本に私は人生を救われました。この本を読んで、「ああ別に周りの目って気にしなくていいんだ」とか「自分をもっと大切にしていいんだ」とか「孤独って悪い事じゃないんだな」ということに気付き、人生が楽になりました。

読書の日々

午堂さんの本を読んでから、私は大学時代に本を読みまくりました。主に歴史・哲学・経済といった分野の本を中心に読みました。本を読んでいろいろな知識に触れることで考え方はどんどん変わっていきました。ただただ周りから言われたことに従い、周りの目を気にしていた自分から、自分の頭で考えて、自分でやりたいことをやる、そんな人間に変わっていきました。

高校・大学1年、2年は地獄のような日々でした。しかし本を読んで知識・教養を得てからは精神状態が向上し、充実した人生を過ごせるようになっていきました。

本を読んで得た知識が、私の人生を向上させた

発信する理由

持っている知識や考え方で、人生というものは楽しくもなるし、地獄にもなります。それを私は経験しました。私が知識や考え方を発信する理由はここにあります。私の発信を通して

過去の私のように苦しい思いをしている人に、知識や考え方を知ってもらい良い人生を過ごしてほしい

そんな思いがあるので私は知識や教養を発信します。私の一番好きな哲学者ニーチェの言葉に以下のようなものがあります。

事実というものは存在しない。
存在するのは解釈だけである。

解釈によって世界の見え方、捉え方が変わってきます。世界の見え方、捉え方が変われば生き方も変わります。そしてその見え方捉え方を変えるものこそ、知識や教養だと私は思います。だからこそ私が大学時代に本を読んで得た知識・教養を多くの人に届けて、人生苦しい人の世界の見え方・捉え方を変えたい。そんな思いで発信をしています。

目の前で起こっていることの解釈によって、世界の見え方・捉え方が変わってくる。世界の見え方を良くする方法は知識や教養を身につけることで達成される。だから私は知識と教養を発信しています。

まとめ

以上が私が知識教養を発信する理由です。まとめると

  • 中高時代のサッカーで自信を失う
  • 周りの目を気にしながら、ミスをしないように生きる
  • 1冊の本に出会う
  • 読書しまくって様々な知識・教養を得る
  • 知識や教養によって世界の見え方が変わることを知る
  • 多くの人の世界の見え方もいい方向に変えたい

長い記事を最後まで読んでいただきありがとうございました!Instagramもやっているので良かったらフォローしてみてください!

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